パネルディスカッション「企業の分析部門における人材育成の現状と将来」
(独)物質・材料研究機構 吉川英樹
企業で開発する材料は、近年多様化しかつそのライフサイクルはますます短くなっています。そのため材料の開発や品質管理を推進する材料分析部門の責務は大きくかつ重要になっています。一方で、日本の製造業はバブル崩壊後常に人員の抑制傾向にあります。そのため材料分析部門では、責務の増大にも関わらず人材育成の面で困難に直面しています。
近年の材料分析者の業務は、「限られた種類の分析装置の操作法を習得し、試料の分析値を出す」だけではなくなっています。材料のもつ物性を理解した上で、複数の最適な分析手法を組み合わせて分析値を出し、その分析値を精密に解析することによって対象となる材料に起こっている物理化学現象を解明し、材料開発や品質管理を推進し、時にはそれをマネージする幅広い業務となっています。これは、経営学者のピーター・ドラッカーの言葉を借りれば、テクノロジスト(知識労働者)の業務です。ドラッカーによれば、テクノロジストは、以下の項目を満たすべきものです。(以下は「テクノロジストの条件―ものづくりが文明をつくる」(P.F.ドラッカー著 上田惇生 編訳、ダイヤモンド社)よりの引用)
- 仕事の目的を考える。
- 働く者自身が生産性向上の責任を担う。みずからをマネジメントする。自律性を持つ。
- 継続してイノベーションを行う。
- みずから継続して学び、人に教える。
- 知識労働の生産性は量よりも質の問題であることを認識する。
- 知識労働者は、組織にとってコストではなく資本財であることを理解する。
上記の項目で特に大切なのは、「自律性」「生産性向上の責任を担う」「継続したイノベーション」「学び人に教える」ことだと考えます。これを分析部門にあてはめれば、「自律的に(業務遂行に必要な)分析技術のイノベーションを行い、材料開発および品質管理の業務の生産性を高め、その技術を人に教える」ことになるかと思います。しかしながら、前述したように企業の人員抑制傾向のなかで、テクノロジストとしての人材育成が社内できちんと行われていると言える日本企業は非常に限られています。
この状況を背景として、民間シンクタンクの調査報告書[1]や政府発行の資料[2]では、会社の枠を越えて社外の機関と連携して開発を行うオープン・イノベーションの必要性が強く指摘されています。このことは企業の分析部門においてもあてはまると考えられます。今回のパネルディスカッションでは、企業の分析部門における人材育成の現状と課題をパネリストの先生方を中心に議論し、それに対して表面分析研究会が今までどのような関わりをもっていたか、そして今後どのような関わりをもつべきかを議論して頂きたいと考えております。その議論を通して、オープンイノベーションに表面分析研究会がどのように貢献できるかを考えたいと思います。
なお、外部連携の質があるレベル以上の場合には、オープンな"イノベーション"となりますが、そのレベルに達していない場合には外部連携はオープンな"イノベーション"ではなく"トレーニング"の意味合いを持ちます。人材育成と一口で申しましても、その目的は"トレーニング"から"イノベーション"までの幅があることは、今回のパネルディスカッションの前提としてご記憶頂きたいと思います。
参考文献
[1] 「日本企業の競争力低下要因を探る―研究開発の視点から見た問題と課題」、2010年 みずほレポート
[2] 「知的財産戦略に関する論点整理―知的財産による競争力強化・国際標準化関連」2010年 内閣官房知的財産戦略推進事務局資料